1. TOP
  2. 院長紹介・基本理念
基本理念

設立動機

  1. 近代医学は疾病の要素還元的な原因解析として発達し、近代医療もまたその医学モデルに依拠してもっぱら病態を対象とする治療技術を開発してきた。
    しかしここには、病人が生きづらさを抱えた「生活する主体」であるという認識が欠落しており、病気を診て人を診ずという偏狭な方法論に陥っている。
    ホリステック医療が求められる所以である。
  2. 精神医学・医療もまた同様である。
    多くの場合、精神科診療室という非日常空間で語られ表出される症状に対応した処方や心理療法が経験科学的に開発されてきた。
    患者が苦悩の内的世界を安心して開示しうるには、診療室に守られた関係枠が保証されている必要性を否定するものではないのだが、人生の新たな物語を現実の生活世界に実際的に再構築していくためには、ことばと薬剤だけではあまりにも非日常的に過ぎるといえよう。
    密室における心理療法と薬剤を超える手段として、精神医療の中に生活体験が導入されなければならないとおもう。
  3. とくに昨今では、従来の精神医学の疾病概念では捉えられない、心理性格的な発達問題に起因する「病なき病」とでも形容しうるような、対人関係や適応問題などの生活上の諸困難を抱える人々が増えており、そういった人々に対しては精神医学的治療よりも発達・成長促進的な支援が求められている。
  4. しかし、そのようなニードに応えられるような、人間関係形成的・問題解決的なスキルを育成するような場も、いわば「生きる力」を育む学問的体系も未開発である。
    21世紀の精神保健医療でもっとも望まれるのは、精神疾患の原因論的解明はもとより、そのような心理性格発達上の問題に対する療育の科学性である。
  5. その際に三人称的な現実世界で人間関係を創造し生活のスキルを身につける「身体性」の開発が期待される。
    現代人の「身体性」は、自然と乖離した組織社会の機能化した人間関係を生きることにより、未成熟で・傷つき・疲弊しているといえよう。
    そういった「身体性」を癒し成長発達させるためには、自然と調和した治療環境の中で、ものを作り・生き物を育て・人と関わる活動が必須とされよう。

心療の哲学

身体性の復権

社会の近代化は、現代人の生活に物の豊かさと利便性を供与してくれた。
一方で、人間関係や自然との身体を介した営為を希薄化させることにより「生活する身体」としての経験知を暗くしている。いわば生きる力の減衰である。

この傾向は、心の病の有無に拘らず普遍的に見られる現代人の社会的性格であり、私たちをいっそう生きづらくさせている所以でもある。

しかし科学の知がますます進歩し、どんなに豊かな文明を21世紀に約束しえたとしても、われわれは身体を超えた生活世界を生きることは不可能であるのだから、科学の知が経験する知に勝る力とはなりえない。

したがって科学技術が進歩すればするほど、われわれは「生活する身体」をどう復権するかが新時代の重要課題となろうと思う。

ここに、人と人とが自然の中で生活を協働するという人間本来の生き方に立ち返る体験から、人間関係を構築するスキルや生活の中で心の疲弊を快復する知恵の開発が期待されるのである。

長信田の森心療クリニックは、「身体」と「人間関係」と「自然」を生活世界のなかに復権させる、医療・教育・福祉の全人的な療育実践を基本理念としている。

院長 児玉隆治(2001年10月1日)

院長:児玉隆治 (1948年生)精神保健指定医

"五十にして人生を変える"という公約から、東京学芸大学教授を途中下車して「自然の中で『医療と教育の融合』を実践する施設を作ろう」と「長信田の森」を主宰。

打つ・買うは苦手だが、「酩酊が文化を創る」と嘯き(うそぶき)、もっぱら無芸大飲の不養生な医者…だから健康や徳目を説くのも苦手、人さまの人生を応援するだけ…の変わった医者。

日本学校メンタルヘルス学会顧問、日本精神衛生学会理事など。

副院長:水野淳一郎 (1966年生)精神保健福祉士

"熱く、何事にも全力で"をモットーとし、この土地に骨をうずめる覚悟で、悩んでいる若者たちと向き合い、日々頑張っています。

秋田の豊かな自然の中で、若者たちの存在を受け入れ、つながってくれる秋田の人の人情こそが若者を育んでいると感謝しています。

ページの先頭に戻る